01今石城跡

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年4月1日更新

今石城跡(いまいしじょうあと)

今石城跡

指定年月日(種類番号)

 昭和54年2月23日(史跡第1号)

所在地

 津久礼地内 (今石神社一帯)  地図はこちら

文化財概要

 この今石城は、玉岡城(城主:帆保因幡守安重 現大津町)や須屋城(城主:須屋市蔵 現合志市)等と共に薩摩(鹿児島)の島津氏からの侵略に備えた、舌状丘陵の山城の一つであり、位置は今石神社とその後方台地と推定されています。

 天正13年(1585)9月3日、島津方の将、川上左京亮と新納武蔵守は、大軍を率いて肥後に侵攻します。敵の大将・川上左京亮は、益城町本陣を置き、玉岡・今石城を攻め、石原狩野介を総大将とした合志軍と、梅ノ木口の砦で一進一退の激戦を繰り返しました。しかし、今石は落城し、その後、敵の後を攻めていた新納武蔵守と共に合志城を攻め落とし、合志氏は滅亡しました。